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「こんなに素晴らしいアートがうちに来て頂けるのです、是非お礼をさせてください」

両手を拡げて楽しそうに話す眼前の男はこう言った。
大袈裟に盛り上がった競りで勝ち取った末とはいえ、その絵には、自分が注いだ労力と比べても十二分過ぎるほどの金額がついた。長年続けているこの稼業とはいえ、奇妙と思わざるを得ないところである。これ以上は結構と手で制しその男を見上げるが、彼は続けた。
「いやね、お礼と云うには厚かましいといいますか、あくまで試作品を送らせていただきたいのですよ、マンフレッドさん。ちょっと便利なアクセサリー…いや、動くアートと申し上げたほうが貴方にはぴったりでしょうか」
なんとなく、この男が言いたいことが読めてきた。この男の正体を知らないものはこの国にはいないだろう。彼は十年ほど前に突如現れ、今まさに人々の生活を支配しつつある組織のトップにいる。子供の頃に自分も夢中になったあのコンピュータの会社よりも遥かに圧倒的な影響力だ。ちなみにその会社は数年前の、この男の気まぐれな一言で、サイバーライフという名の怪物に買収されてしまった。当然、試作品、というのが何を指すのか容易に想像がつく。おおかた、貴重なモニターになってもらおうという魂胆であろう。
「耄碌した老人の介護を、ということかね。志は素晴らしい。そうなれば多くのものが救われるだろう。素晴らしい発案の普及を祈ろう。だが私は手伝いを呼んでいる。事足りているよ」
「介護だなんて!とんでもない。わかりませんか、あれは心安まる、あなたに寄り添う芸術なんです!」
よろしければ少しお見せしたいものがあるんですがどうです、お時間は取らせませんよ、男はそう続けた。
天を仰ぎ腕を広げ声を高くしたかと思えば、次にはひっそりと謎を含んだ声で低く耳打ちをする。その口から春風のように淀みなく流れ出てくる言葉にいつの間にか、自分でも気づかず話に夢中になっていた。なるほど、この男が一介の起業家という席に悠々と落ち着かず、一挙一動であらゆるメディアを騒がせる理由もわかるかもしれない。
「私がこんな椅子に縛り付けられてるのを良いことに、容易く攫ってしまう算段だな」
先程まで感じていた鬱陶しさはどこへやら、軽口を叩きつけるほどに少し面白く感じ始めていた。最近は家に籠もりきり、独りで鬱々とした絵ばかりを描いていて、人とこんなに話をしたのも久しぶりだ。世間はゴシップ雑誌の隅に乗るような小さいコラムに、カールマンフレッドの闇の時代と面白おかしく書き立てていた。副作用もないただ楽しいこの気持ちは久しぶりだ。
「では失礼して。今ばかりは貴方のその脚に感謝していますよ、いや、悪気はありません」
いつの間にか後ろに回った男が、カールの車椅子を押して出口へと誘導していた。様子を見たボーイの一人が遠慮がちに近づいたが、構わないと手で追い返し、流れに身を任せた。
すっかり人も疎らになった会場から出て廊下を少し進み、二度角を曲がったところにあるゲストルームの入り口に近づく。全面採光の硝子窓になっている右手には東洋風の庭が仕立てられている。
ここです、私の控室なんですよ、どうも人が多いところは苦手でこういうときは用意してもらうんです、と聞くつもりも無い話まで添えて滑らかに喋る。開けてくれ!と扉に向かって彼が声をかけると、扉が開いた。
余された資産を湯水のように骨董品に注ぐ物好きの金持ちが通うオークション会場に、今流行りの自動扉などは無い。開いた扉の内側から顔を見せた女が開けたのだった。20代後半といったところの、明るい金の長い髪を持った美しく若い女だ。彼女のこめかみには円く明滅するものがあった。最近テレビでも街でも見かけるようになった、サイバーライフ製のアンドロイドであることはすぐに理解した。
「どうです、美しいでしょう」
彼女は最初期のモデルでして、私の原点でもあります。この距離でまじまじと見つめたのは初めてで、物珍しく見つめていた様子を都合よく解釈した風の彼は、部屋の中に車椅子を推し進めながら彼のアンドロイドについて話し始めた。
「アンドロイドは、近い将来我々に欠かせない存在になるでしょう。あなたもお持ちのスマートフォンや、自動運転の車のように。」
カールの家にアンドロイドはまだ居なかった。それは特段に不思議でもない。家庭用のアンドロイドはモデルもまだ少ないし、値段もおおよそ一般人に手が出るものではなく普及して居ないが、家庭に欲しがる声が多いとは聞く。企業間ではだいぶ浸透しており、大半が人件費の削減のためアンドロイドに接客をさせるとか、機械化が昔から望まれていた単純作業を嬉々として彼らにさせるとかだった。ただし、彼らアンドロイドたちは、単純作業を行わせるにしては精度が高すぎ、いずれより多くの人間の仕事を奪い始めるだろうと声高に揶揄する評論家を毎日のようにテレビで見る。すでに仕事を奪われ憤っている、日雇いで暮らす人々のデモも見る。画家であるカールは、あなたが羨ましいですよ、アートの分野は流石にアンドロイドもまだ手が出ないですからね。と、時に本気めいた、冗談を言われることがままあった。
カールの座る車椅子をアンドロイドの正面に向かせて置き、イライジャは彼女を、まるで初めて目にする芸術品を評価するように少し離れたところからまじまじと見つめていた。アンドロイドの彼女はどこか不安げなようにも見える表情で、身体の前で手を組み、虚空を見つめていた。
「君は、随分とそれを気に入っているようだな」
アンドロイドを見つめる彼の視線には、随分な熱が籠もっていた。自分が作った最高傑作を反芻するような、文句は微塵も感じられない様子である。自分の作品を慈しむその様子は、経営者というよりはまるでアーティストだ。完成した作品に禄に目も向けなくなってしまった、昨今の自分よりも、よほど。
「美しい。素晴らしいと思いませんか。この美しさが、人間だったら失われてしまうこの儚い美しさが、永遠のものになったんです」
彼女の頬に手を滑らせ、嘆息をつくように囁いていた。急に妙なものを見ている気持ちになり、少し目を逸らす。その視線は、単なる作品を見ている者では無いようにも感じられた。世間に言われる彼の印象とは違う。
「たしかに美しい。だが、枯れるからこその美しさもあるだろう」
我ながらに陳腐な反論だ。ただこの男に言わせておくだけは詰まらないと考えたのみであったが、男は気にも留めなかったように笑った。
「そのとおりです。逆に言ってしまえば、この世のものは大抵がそうでしょう。生きているものは皆枯れる。」
老いて若返り再生を繰り返す面白い生物も居ますがあれはこの際考えないことにしましょうと片方の口角を上げながら続けた。
「芸術作品はいつまでも枯れません。あなたの作品のように、何百年経ってから見ても美しいもので す。素材の劣化を取り上げるのは野暮でしょう、むしろそれは美しさに添える飾りの一つにもなる」
「結局のところ何が言いたい。私はアンドロイド嫌いではないが、迎え入れる予定もないぞ」
「ああ、すみません!お時間を取らせないとお伝えしたのにいけませんね、お喋りが過ぎると部下によく怒られます」
そう言って、アンドロイドがどこからか出してきたタブレットをカールに手渡した。画面には、浅黒い肌の男性タイプの、話の流れからして、アンドロイドが表示されている。

どうです、僕が独断で作らせたデザインなんです。あなたのパートナーになるアンドロイドですよ。
彼らは云うなればまっさらなキャンバスなんです。僕らがなにか行動を取らなければ、何をするべきかもわからない。

「賭けをしましょう。貴方が彼に命を与えることができるのか、それとも彼はただ純朴な、コンピュータ入りの人形として貴方に仕えるだけになるのか」

なんでもできます。手伝いにするもよし、あなたが望むなら電源を入れず、フルカラーの精巧な彫像にして置いておくもよし、箱のまま来る時を待つも良しです。何なら送り返してください、すでに私は彼のことを気に入っているんです。

「賭けごとは趣味じゃァない」
「言葉のアヤですよ。もっとも、実はそういうのお好きだと思っていましたがね」
彼は悪びれる様子もなく、笑いながらタブレットをカールから奪い、アンドロイドにつき返した。
「では、来月の12日頃にでも届けさせましょう。今も外の車でお待ちの手伝いが辞められるんでしょう。ご結婚ですって、私からも是非おめでとうとお伝えください」
カールは遂に声を上げて笑った。
「君はどこからそんな話を知るんだ。薄気味悪さすら感じるよ」
「なに、唯のあなたの大ファンですよ。昔からのね」
ガッカリはさせません。とびきりに素敵なモデルをお贈りしましょう。楽しみにしていてくださいよ。
そうして彼は、車までお送りするようにと傍らに立つ彼女へ言いつけて部屋の奥に消えていった。

カーテンがレールを走る音がして、閉じた瞼の上から朝日が目を刺す。足音が自分の横たわるベッドへ近づき、いつもの声に目を開いた。

「おはよう、カール」
「ああ、おはようマーカス」
「なんだか嬉しそうですね、いい夢でも見ました」
「珍妙な男と交流を持つきっかけを思い出しただけだ」

はてカールにそんな友達などいたかなと目の前の男が首を傾げ、こめかみが黄色く点滅する。

「まあいいじゃないか、さあ今日の朝食は何かな」
「それより前に薬ですよ」