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いつも変わり映えのしないものばかりが並ぶオールド・シャーレアンの市場の端に珍しく、肩身の狭そうにほんの少しだけ置かれた、いくつかの鳥籠。
数刻前、顔のよく似た二人のきょうだいはそこの前で、その内の、みどりの羽が光に照らされると虹色に輝く鳥に目を奪われていた。しばらく見つめたのちに妹は、この子を飼いたい、と近くで様子を見ていた母に強請った。兄の顔を見やると、何も口にしない代わりに、いつものように妹を窘めもしなかった。それは、あれが欲しいこれが欲しいというたぐいのわがままを言わない双子にとっては珍しいことで、そういえば、先日の学校の試験で二人並んで首席だったから、と適当な理由を思い付いた母は、かわいいわが子たちに頷いたのだった。ほんと、と顔を輝かせた妹が兄の手を引いて、少し離れた場所で学術書を探していた父の元へ駆けていく。興奮で顔を少し赤くして、少し遠慮がちに声をかけた娘を振り向いた父は、一言だけ告げた。
「駄目だ」
「でもお父さま…お母さまも良いって言ったの」
娘の言葉に、遅れてやって来た妻を一瞥する。彼女は笑顔で肩をすくめた。頑張っているから、たまにはいいかなと思ったの。それに小さくため息をついて、膝をついて子どもたちに向き直る。
「いいか、本当にお前たち二人だけで世話ができるなら良い。それができるか?学校もある、これから大学へ行くならば実習などで家を空けることも増えるだろう、生き物というのは、お前たちが思う以上に弱いんだ。簡単に決めていいものじゃない」
話は終わりだ。ふたりの小さな肩を握ってから背を向けた彼は、選んだ数冊の本を片手に、このまま別の用へ向かうことを伝えてどこかへと消えていった。
「反論の余地も無いじゃない」
遠くなる背中を見つめて小さな声でそうつぶやき、明らかに機嫌を損ねた彼女と対象的に、兄は一瞬寂しそうな顔を見せた後、きっと何かを飲み込んだ。ひとりでうなずいて、「仕方ないね」とこちらに向かって微笑む姿に、彼女は更に機嫌を悪くしてずんずんと家の方面に先導していった。

家の正面に構える大きな扉が開いて、家人の帰還が告げられる。使用人が素早く迎えに上がり、彼らから冬用の厚手の外套と、買い物の荷物を受け取った。道端の残雪に濡れた靴を履き替えるために長椅子に座った少女が、頬を膨らませたままやっと口を開いた。
「お母さまも良いって言ってくれたのに、アルフィノだって嬉しそうだったのに!そんなにお父さまの言いなりになるのが大事なの!」
いつもは静かなルヴェユール家の玄関ホールで、アリゼーは感情を爆発させる。急な大声を出したのに驚いたのか、隣に腰掛けている兄がびくりと肩を震わせた。
「そんなつもりは…でもお父さまの言ってたこともわかるだろう?僕たちだけで世話するのには無理があるよ」
「そんなの家族になるんだからみんなでお世話するようになるものよ!当然でしょう!私ができないときはアルフィノがするし、どちらもできないときはちゃんとみんなにお願いするつもりだったもの」
みんな、と呼ばれた使用人たちは、普段の大人びた言葉遣いとは違ってまだ子どもらしいその声に、仕事の手を止めないまま苦笑する。
「そりゃあ、アルフィノはカーバンクルを出せるから別にいいんでしょうけど」
兄が時折連れている、エーテルできらきら光る召喚獣を思い出して睨みながら、妹は口を尖らせる。家主が不在の今、広々としたホールで怒りに任せてその声を響かせていた。お父さまの、わからずや!
「まあまあ、お父さまには私からよ〜く言っておくから、ね?」
にこやかに静観していた母が、きょうだいの間にそっと割って入る。そのやさしい手で頭を撫でられても、今日の彼女の気持ちは未だ収まらないようで、顔を顰めたまま小さな手を握りしめていた。愛する妹に散々怒鳴られた兄は困ったように手を引っ込めて、母の隣に並び立ち、母と妹を交互に見る。
「さあおいで、おやつにお紅茶と、あなたの大好きなジンジャークッキーを食べましょうね。だから、ね、ずっとそんな顔をしてたら、お母さまの大好きなアリゼーのかわいい顔が怖くなっちゃうわ」
その言葉にやっと萎んだ頬を母の両手で包まれても、まだ心は荒れたまま。兄のように感情がコントロールできない自分にもだんだんと腹が立ってきて、苛立ちから転じて少し泣きそうな気持ちになる。
「だって、」
「ごめんね、お母さまもね、あんまり考えてなかったの。お父さまが止めてくれてよかったかもしれない、だってたしかに、生き物のお世話ってとっても大変だもの」
「お母さまは悪くないわ…」
「いーえ、アリゼーをこんな顔にしちゃったからお母さまは悪い子よ」
「大きな声を出して、ごめんなさい」
「大きな声は元気の証拠よ、それは結構。アリゼーもアルフィノも、今はお勉強が大変だから、落ち着いたらまたお父さまにお願いしに行きましょうね」
「うん、絶対よ」
「そのときはお母さまも折れないわ!」
妹が笑顔になったのを見届けて、アルフィノもほっと胸を撫で下ろす。母が使用人と連れ立って台所に向かったのを眺めていると、横に妹が立っていた。双子だからなのか、成長期がまだだからなのか、顔つきだけでなく身長まで同じなことを、彼は心の奥で少しだけ気にしていた。向き合った彼女の顔はまた険しいものに戻っていて、思わず首を傾げる。
「アリゼー?」
「ふん」
彼女は鼻息を荒くして、子どものくせして聞き分けの良すぎる兄の額を指で弾いた。
「痛い!なんでそんなことするんだい」
「アルフィノだってあの鳥を気に入ってたくせに、あっさり諦めちゃって」
それには何も言い返せなかった。あの時たしかに、あの小鳥が、自宅の大好きな窓際で美しく囀るのを見れたらどんなに素敵だろうな、と夢想していたのだ。

結局、二人で鳥を飼う夢は叶わなかった。大学を卒業した後、亡き祖父に続いて本国を飛び出してからこのかた、それを思い出すような間もなく、それぞれの信念を掲げて奔走している。
もし仮に彼女が思い出したとしても、もう飼いたいとは言わないかもしれないと、アルフィノは独り思う。あの時の父が言ったことは正しかった。それに今は、彼女には大切なものが世界中にたくさんある。それは自分も同じで、この世界が平和を取り戻した後でも変わらず、その大切なものにより一層の愛情を込めながら生きていくのだろう。私たちのそんな生き方に、籠の鳥はなんだか違うように思える。
「そういう意味でも、お父様はやはり正しかったのかもしれないね」
「何の話よ」
「いや、独り言さ」
へんなアルフィノ、と言った彼女の後ろでは、ガ・ブがずっと手を振っている。もう一度そちらに手を振り返した彼女の目つきは、自分たちを見つめる母に少し母に似ているような気がした。
「ふふ、ガ・ブといい、きみのアンジェロといい、アリゼーは存外に小さくて可愛らしいものが好きだよね」
「存外に、って失礼ね」
こんなことを言ったら怒られるかもしれないけど、と前置きをした上で告げても、彼女は眉を吊り上げた。やっぱり私は妹の怒りを買うのが巴術よりもお得意らしい。
「そんなことを言ったらアルフィノだって、大きなお友だちのことが大好きじゃない」
大きなお友だち、に思い当たりが無くて首を傾げていると、横に並んでいた冒険者とヤ・シュトラが肩を揺らして笑った。
「そうね、我らが蒼の竜騎士様なんて特に、ずいぶん大きなお友だちじゃない」
ヤ・シュトラの言葉に、友だちだなんて、恐れ多いなとつぶやきながら、彼と自分がそう見えたことに嬉しくて頬が緩んだ。それを見たアリゼーも、「やっぱりアルフィノってちょっと、へん!」と堪らずに笑った。

けれどもいつか、私たちがあの家に帰ることがあったなら、その時は。
きみと、いっとう素敵な小鳥を新しい友だちに迎えて、陽の光が明るく照らすあのお気に入りの窓際で、あの日の想い出話に花を咲かせるのも、いいかもしれない。