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夜半すぎまで話し込んだあと、夕食と夜食の食器を片付けながら、今夜は泊まっていきますか、と彼女が言った。濡れた皿を受け取って、ふきんを片手に頷いた。
借りた寝間着で寝室に入る。彼女の家に余計な部屋は無い。寝る場所に迷って、寝室の前でどうしようか考えていると、彼女が布団をめくりながら首を傾げた。「どうしましたか、布団は温めてありますよ」彼女は本を手にしていて、もう片方の手で彼女の隣をぽんぽんと叩く。
嬉しくなって、布団に飛び込んだ。滑り込ませた素足が温かい。「ああ、すぐにでも寝られそう、家だと氷みたいに冷たいから一回目が覚めちゃうんですよね」掛け布団を肩まで被って身体を伸ばす。どこまでも温かい。それを見たヴェーネスは何も言わずに微笑んで、弟子の頭を撫でた。彼女の手も指先まで温かくて柔らかい。幸せだな。思ったままを小さく口に出した。
隣を見ると、彼女は手にしていた本を開いていた。上半身を起こして、立てた膝の間に本を置いて、周りに目もくれず集中する姿はどこか子供のようで、彼女がたまに見せるその姿がアゼムは好きだった。
眠気に目蓋が重くなってくるのを感じながら、飽きずに彼女を眺めた。晴れ渡った昼の空のように澄んだ蒼が、本の文字を追って動く。寝台の横にある小さなテーブルに、蝋燭が置かれていて、彼女の横顔を照らす光がときおり揺れている。
最近は、光のちらつかないランプがあって、その方が読書向きなのに、ヴェーネスは寝る前の読書には必ず蝋燭を使う。理由を訊いたことは無かった、訊かなくてもわかる気がしたから。自然を愛する彼女は、魔法に依らない、あるがままの力を何よりも尊敬していた。魔法を使わせれば誰よりもとびきり上手いのに、時々それから逃げているようにも見えるほど、自然に任せることも多かった。
「あら、寝ているかと思いました」しばらくして彼女は、まだ起きている弟子に向かって言った。「眠そうな目、どうしてそんなに抗ってるんですか?」
「師匠の真面目な顔が好きなんです」ヴェーネスが、使い魔のアルゴスを撫でるのと同じ調子で、アゼムの額を撫でるのを心地よく感じながら、返事をした。
「返事になっていませんよ」
子供を嗜めるように彼女は笑い、その額に口吻けた。そのまま本を閉じて、横のテーブルの蝋燭を吹き消す。あたりは真っ暗になった。