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突然玄関先に現れて、抱き締めて離さない弟子のことを、ヴェーネスは拒むことなく抱き締め返した。黙りこくる彼に、彼女は何も訊かなかった。
しばらくして、弟子を寝室のベッドに寝かせると、彼女は横の小机に椅子を持ち込んで、そこで書き物を始めた。ペンが紙の上を滑る音と、そこに触れる手のひらが擦れるさらさらとした音が響く。時折、彼女は本を手に席を立って、しばらくすると別の本を抱えて戻ってきた。席を立つ時と戻る時、通りすがりに、かならず弟子の頭や頬をそっと撫でた。横たわっている彼は浅い眠りと覚醒を繰り返しながら、ぼんやりと彼女のことを眺めていた。
どれくらいそうしていたか、突然彼が口を開いた。
「師匠って」口にしながら、未だに彷徨っているような声だった。「自分のしていることがわからなくなることはありますか」
ペンの音が止んで、師匠は弟子のことを見つめた。
「そうですね……」彼女はそう言いながら机の上の紙へ視線を戻すと、そこに何かを見つけたように微笑んだ。「私はずっと、わからないことの答えを探し続けていますから、いつもそうだと言えばそうですし、わからないことにこそ意義を感じてる、とも言える気がします」
それを聞いた弟子は眉間にしわを寄せている。何も言わずに天井を眺める彼を見てヴェーネスは微笑んだあと、使い魔を呼び寄せた。
「考えるのは良いことです。でも、考えすぎないで貴方の心が向くままに突き進む方が良いときもあります」
呼ばれた使い魔はベッドにひょいと飛び乗って、鼻を鳴らしながら弟子の横に寝転んだ。弟子は突然の来訪者に目を丸くして、その頭を撫でた。
「さあさあ、貴方にいま必要なのは、柔らかくてあたたかい、素晴らしいお友達を抱いて、好きなだけ眠ることです!またお腹が空く頃にでも起こしますよ」
笑顔の師匠とこちらを見据える使い魔に促されて、弟子はベッドの上で、こわごわとアルゴスに抱きついた。回した腕が沈み込むほどたっぷりの毛の海に埋もれて、彼は目を閉じた。触れているところがじんわりと暖かい。息を大きく吸い込むと、太陽のような匂いがする。使い魔として、あまりに良くできていると改めて感心した。
「ふふふ……師匠はすごいですね」
そう言って、彼はあっという間に夢の中に落ちていった。
次に目を覚ます時、彼はきっと、どうしてここに来たかなんて忘れてしまって、すぐに次の旅へ飛び出していくだろう。
満足気にその寝顔を見届けたヴェーネスは、彼らに毛布をかけて、再び書類に向き直った。